贅言とは 言うまでもなく 言う必要のない事・・である


by tennkozann
f0211225_11533834.jpgお風呂の給湯器が故障(-。-;)
メーカーの故障窓口に電話して、モニターに表示されるエラーの種類を報告したら、自動のお湯張りと追い焚きの機能がストップしていると云うこと。
勿論部品の交換などが必要かも知れないけど、お湯を沸かす機能がだめになっているわけでは無いのでシャワーは使える。

明日修理に来て呉れると云うことなので一安心していたが、考えてみたら、詰まり一昔前のお風呂に戻っているだけのこと。

何もかも便利になりすぎて、その先端の便利さが叶わないとなるとチョットした『お手上げ気分』になっている(^^ゞ

過保護に育った人間がだめなのと同じ路線を私も突っ走っている(^^ゞ

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# by tennkozann | 2018-07-13 11:54 | Comments(0)

面白がるスタンス

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何かのプロジェクト・事業の、その活動に於いて、理念なり信条とするものは明確で無ければならない。
そしてそれは多くの者が納得するだけの内容を持っている必要がある。

当然のこととして、その事業の中心となる者は、他を納得させうる理念なり信条なりを纏めておかなければならない。

しからばその理念が充分に練られたものである場合、それで充分に周囲の者は納得するであろうか?
否、問題は、一応の納得をしたからと云って、十分な協力者になるか否か?である。

私がいつも思っている事は、その理念はそれを作成した者を動かす根拠となっても、必ずしも他を動かす根拠とはなり得ないと云う事である。

極論すれば、人が理念に納得してそれに充分従うのだとすれば、人類はとっくの昔に戦争などやめている筈である。

理念は、それを必要とした場合にいつでも提示し得る常備薬のように持っておけば良い。

或る集団が本気で動き出すために必要なものは「面白がる」空気である。
その空気を醸し出せれば、その事業が失敗する事は無い。

かの孔子が「これを知る者はこれを好む者に如かず これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」と喝破しているのは、その間の事情である。

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# by tennkozann | 2018-07-10 17:24 | Comments(0)

小市民的願い思う朝(^^ゞ

f0211225_07551470.jpg柏原では実感しないが、どうも丹波市内はあちこち大変な事になっているようだ。
写真は今朝一番で親縁寺さんが送ってきたもの。
和田(山南町)でこれだから、家の裏に川の流れている西楽寺は大変な事になっているのではないか?と。

因みに私が晋山した昭和58年だったか次の年であったか、裏の川が氾濫して床下浸水になったことがあった。
境内も前栽も泥に埋まってしまって、私の住職生活はひとまずそれなりの試練に始まったと、感じたものであった。
もしあの時代にデジカメがあったなら、惨状を事細かに記録していたに違いない。

裏の川が溢れたのはもう一度ある。
それは確か亡妻の葬儀直後?であった。
消防団の人が土嚢を運び込んでくれて、丁度帰国中であった直央もそれを手伝った。
大したことにならずに済んだが、それでも川が溢れてひたひたと浸水の増してくるのは不気味なことであった。

西楽寺住職36年目に入っているが、思いがけない妻の早逝をはじめとして種々試練があったと言うべきか。

災害に遭った人のことは申し訳無いがひとまず措くとして、私はもう少し生きていたいとは思うものの、その間はなんとか平穏であって貰いたいものだと、極々平凡な小市民的願い思う朝(^^ゞ

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# by tennkozann | 2018-07-07 07:58 | Comments(0)
f0211225_10302647.jpg警察から電話。
ん?

相手は事故係だと。
用件は2台の追突事故で逃げ去った車がグレーのワゴンR。
其れで該当する車をしらみつぶしに調べているので、気分は悪いだろうけどチェックさせて貰えないか?と。

因みに私のワゴンRは、別段修理をするほどの値打ちも無いと思って傷だらけで乗っている。
更に悪いことに、縁石にぶつけたか何かで(記憶が定かで無い)前のバンパーは割れたまま巨大なホッチキス?でくっつけてある。

警察の申し出に従ってチェックを受けたが、ほんの僅かに「疑われる不安」(^^ゞ
チェックしやすいように前の青空駐車場に出しておいたら、程なく警官が二人、チョット意味ありげな笑顔でお寺の中へ。

「チェックさせて貰いました。大丈夫でした。該当車ではありませんでした」と。

私「私、傷だらけで乗ってるので疑われやすいよね?」と聞いたら、二人の警官がさっきの意味ありげな笑顔で「あはは そうですね。でも違うことが分かりましたから」と。

しかしこんな所にも、正確なチェックが出来なくて冤罪になる可能性が転がっている(^^ゞ

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# by tennkozann | 2018-07-04 10:32 | Comments(0)

五重勧誡 余話

f0211225_13043160.jpgH上人が過日の五重勧誡をCDに纏めてくれたので、頼まれて何人かに渡した。
そうしたら、過日次のようなラインが届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、近くに住む友人(70代女性)と電話している時、住職の五重相伝法話のCDの話をすると、その友人が◎◎ちゃん、私も是非聞きたいので貸してもらえる?
勿論、快諾!
昨日までで9席。残り5席だそうです。
昨日、その友人に会うと
すごく感動!日々のもやもや、イライラがすべて浄化されたと。
素晴らしい住職さんですね。と。
一度、お会いしてみたいわぁ~なんて言ってました。
そして、ある夜、寝ていると天井に面識のない住職のお顔が現れたそうです(笑)
返却してもらったら、再度、拝聴します。

なぜか私が誇らしくなりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだそうだ(^^ゞ

この事をチョット嬉しいのと、夢に出てくると云うところが面白かったので、別の知人に話したら「確かに、聴いていると日常や世間に対するイライラもやもやが解消される」のだそうだ。

確かに今回は自分でも楽しく気楽に思う所を話せた。
その臨場感と云うものは音声だけでは望みようも無いだろうが、音声だけでこんな風に思って貰えるのは有り難い限りである。
私の勧誡の方法には、専門家からは種々異論も出てきそうであるが、主催したS上人は「化他五重」というもののあり方意味合いがよく分かり、自分なりに確信が持てた、と云う評価を繰り返し聞いているので、悪くは無いのだろう。

これで一人でもお念仏との縁が深まれば、その事を明確に確認できたなら、まぁ浄土宗僧侶としては過ぎたる満足感を得られるというものだ。


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# by tennkozann | 2018-06-27 13:10 | Comments(0)

納得の苦笑い?

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所謂友達では無いけれども、何はともあれ親しく付き合わなければならない人間関係というものがある。
仕事仲間であったり町内会の付き合いである。

この面々に対して無性に腹立たしく思うときがある。
それは、何かの行事や企画を推進する場合である。

私は、それが仮令(タトイ)自らの望むところで無かったとしても、一旦何事か推進しようと云う事になると、その事を真剣に考え、最も効率的な推進方法を思い、その成果の大なる事を望む。

この場合、メンバーの中には全く理想を掲げないで効率を思いもせず、ただダラダラと時間を過ごす輩がある。
こういう際に向かっ腹を立てるなと言う方が無理である。

少なくとも、この私は其の事業の成果を考え、其処へ向けて最も効率的な事の運びを思い、其の周辺で必要なことは何であるかを常に考える。
然るに左様な事には一切頓着無い輩がいるのである。
そういう輩に無性に腹が立って、時には顔も見たくなくなることがある。

しかしそんな輩であっても、何事か一緒に推進しなければならないという事情が発生していない場合は、余程のことが無い限り悪い奴では無い。
親しく話をすることが出来る。

ん?
私は不思議の感を持つ。
理想を掲げたり、其の事業推進の効率を考えたりする私が問題なのであろうか?と。

しかし!
どうも私はそうは成れないのだから、当分色んな局面で腹を立て続けなきゃ仕方が無いな、と納得の苦笑いである。

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# by tennkozann | 2018-06-26 17:21 | Comments(0)

中国行きらしい

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かねてより私は、生活にならない主義・主張などただの空騒ぎであると言ってきた。

其の延長線上で、真の教育と云うモノも、学校でするモノでは無く、日常の生活の中で果たしていくモノだと改めて思う。
尤も既に「教育」という言葉を使う以上、大抵の人は構えてしまうのだろうが、構えてしまったら教育が教育にならないと云う事も合わせて考えておくべきである。

Facebookで直央が昨日中国へ柔術セミナーに出かけたと云う事を知った。
確か中国側からの招待で、今回は家族を連れて万里の長城へも行くのだという話をしていた。
今年から中学生になっている暁央は、当然昨日を含めて数日学校を休むことになる。
身内の甘い判断という批判もあるだろうが、私は学校を休ませてでも二人の息子を連れて行く選択を「可」とする。

大人になってから見聞を広めるのと、子供のうちに見聞を広めるのは必ずしも同じ事では無い。
心の柔軟さとでも云うことを考える時、子供の頃の見聞は、其の人間形成に大きく影響するモノでは無かろうか?
そうとすれば、万里の長城という巨大な遺跡を、子供のうちに自分の目で確認すると云う事は、他の何物にも勝る意味がある。

学校を休ませてまで・・・と言うのが、多くの教育熱心な親の判断であろうが、直央は其の判断を採らなかったようだ。

其の直央の価値観が如何に形成されていったのか?を思う時、私は密かに私のやり方、詰まり生活の中で見せ続けてきたモノが充分寄与しているのだ!と一人悦に入っている。

二人の孫も、万里の長城を見て学ぶべき事と、もう一つ、学校を休んで行くという事実から、多分或る種の柔軟な価値観を身につけるのでは無かろうか?

窮屈な考え方が良い仕事に繋がるはずは無い、と言うのも私が年来思い続けていることであるから、私は学校を休んででも今回中国に家族連れで出かけている事を「是」とする。

勿論世の中に眉をしかめて「学校を休んでまで・・・」という人もあるのであろうけど。


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# by tennkozann | 2018-06-22 08:08 | Comments(0)

再挑戦だヽ(^o^)丿

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嘗て膨大な数、雨蛙の写真を撮った。
そのウチの数十枚は、それなりに人に見せても構わない程度に撮れている。
其の写真を使って、蛙が語る語録のようなものを作ってみようと考えた。
タイトルは洒落て「蛙なん いざ!」

其の装釘を画家でもあり本の装幀をライフワークとお考えの戸田勝久さんに頼む事に決めていた。

しかし愈々これで原稿完成かというものを繰り返し眺めて、とても戸田氏に本作りを依頼するモノで無いと思い、最初からやり直す事とした。

丁度この間に同氏が装釘された本の数々を拝見する機会もあり、率直なところ同氏の本作りに見合うだけのものとするには、余程の内容が無ければ恥ずかしい事となると・・・。

面白いものだ。
出会いによって、自らの内に改めて真剣さが呼び起こされる。
そういう出会いは実にありがたい。
七十歳直前だからと言って、まだ何かを諦めてはならない。
果敢に内なる可能性を掘り起こさなければならない。
当分そういう生き方をするのだ!等と、この今にして思えるのが有り難い。

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# by tennkozann | 2018-06-17 09:57 | Comments(0)

AT vs MT

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昨今ごく一般的な乗用車は殆どがAT車(オートマティック車)で、MT車(マニュアル車)は滅多に無い。
我々が免許を取った頃は其の逆で、殆どの車はMT車であった。

エンジンを掛けて、クラッチを切った状態からクラッチを繋ぎつつアクセルを踏み込んでいく。
そしてギアはローから始まってセコンド・サード・トップへと切り替え、坂道にさしかかるとギアを一旦サードに落とし等々、中々細かい作業を必要とした。

また、それが上り坂の途中に停車している車の動かし方であったり、延々坂道が続く場合のギアチェンジであったり、沢山の荷物を掲載している車であったりした場合は、通常とは異なる扱いをしなければ成らなくて、そういう部分で運転の上手下手が分かれもした。

私は事業の進め方を考えつつ、その事を思い起こした。
其の事業が如何なる規模の事業で、期限がいつで、どういう問題点を抱えており、どのメンバーでそれを推進するのか?等々事業毎に適切な判断が必要であると。

そして一旦エンジンがかかって後は、適切なギアチェンジやハンドルさばきを間違わないようにしなければ成らない。
そうでなければ、とても目的を達成することは叶わないし、そればかりか余計な事故を招く事にさえなりかねない。

私は思う。
どんな事業でも、其の人物が中心にある時は、大抵事業を成功させる。
逆に其の人物が中心となった時は、とても事業の成功はおぼつかないと云う輩もある。

言うまでも無い、事業を成功させる男はギアチェンジもハンドリングも実に適切なのである。
其の逆も亦言うまでも無い。
成功のおぼつかない人物は、エンジンを掛けアクセルを踏めばなんとかなると思っているのである。
ギアチェンジやハンドルさばきに神経の働く事が無いのである。

私は言いたくなる。
事業の推進にオートマティックは無いのだ! マニュアルでしかるべく操作しないと、上手く目的の達成しようはずが無いのだ!と。

乗用車にAT車が増えるのと並行して、事業推進の知恵も人任せにする輩が増えてきているのだろうか?

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# by tennkozann | 2018-06-16 08:57 | Comments(0)

あっという間の35年

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うっかりしていたら、6月11日で西楽寺住職在職35年満了。
既に36年目に突入してた(^_^;

=35年間で何をしてきたか?を列記=
◎平成大改修工事(約1億5000万円)
◎五重相伝会開筵(五日間)
◎授戒会開筵(三日間)
◎別時念仏会開筵(五日間)15回
◎一日別時念仏会開筵11回
 ◎五重勧誡1回(山南町親縁寺)
 ◎授戒説戒3回(西楽寺・宝国寺・法蔵寺)
 ◎書籍刊行10数冊(講話録を含む)
 ◎元祖法然上人二五霊場巡り2回
 ◎知恩院発行「華頂」コラム執筆22回
 ◎永代供養塚(五劫塚)の建立
その他
○2ヶ寺兼務(延べ約30年・2ヶ寺とも改修)
○おてつぎ奉仕(10数回?)
○他寺院説教&講演会(回数不明)
○丹波新聞連載(50回くらいか?一字考&松井拳堂逸話評伝)

まぁ浄土宗僧侶として一応のことはやって来たな(^_^;
と云うのか、よくやって来られた(^_^;
と云うか・・・良くやらせて貰った・・・か。

更にその他を書けば
・葬儀は300回くらいであろうか?
・そのうち能化(他寺院住職)の葬儀導師は3回。
・我が言動に関して受けた批判・非難・悪口 数知れずヽ(^o^)丿

その他主な出来事
妻の葬儀・父の葬儀・息子の結婚・娘の結婚・息子方孫(内孫)の誕生・娘方孫(外孫)の誕生

いずれにしろあっという間の35年。


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# by tennkozann | 2018-06-15 09:39 | Comments(0)