自叙伝

f0211225_19243338.jpg丹羽文雄の自叙伝とも言うべき『佛にひかれて わが心の形成史』を一気に読んだ。
最近は電子書籍ばかりを読んでいたので、紙の本を一気にというのは珍しい。
それくらい面白かったと云うところである。
面白いと云うより興味を引いたという方が正しいであろうが。

波瀾万丈と言うべき実母の人生と、或る意味で放蕩の限りを尽くしたとも言うべき父親について、そしてその2人の人生を狂わせる原因と成った祖母(母方)の存在、それらに関して露悪的とも評されるが如き書きぶりである。

然し読み終えてみれば、実に慈愛に満ちた、両親の生き方に対する理解と成っている。
そして其れは、丹羽文雄が浄土真宗のお寺に生まれ育ったこと、還俗するものの後年親鸞の思想を深く吟味したことと深く関係している。

ここまで苦しみもがき、そして人間を吟味しなければ、悪人正機説のなんたるかを真に理解することは出来ないのだ!と言わんばかりである。

子供の頃母の書棚に丹羽文雄の小説が数冊有ったのを記憶している。
久しぶりに出会った姉に確認したら、姉の記憶でも母の書棚に丹羽文雄の小説が少なくなかったと記憶していた。

母は丹羽文雄の小説に何を読んでいたのか?今となっては知る由も無い。

そろそろ私も古稀を迎える。
丹羽文雄宜しくどろどろの自叙伝でも書き残そうか?と思わなくも無いが、まだ今の私には、自分の所行の全てをしかるべく分析する力は無い。

まぁもう少し長生きしてみての話である(^^ゞ

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# by tennkozann | 2018-12-11 19:26 | Comments(0)

生き返った?(^^ゞ

f0211225_11380691.jpg紛れもない老いと、案外残っている若さを同時実感(^^ゞ

一昨日某慰労会で思いも掛けない胸の痛みに襲われた。
飲酒を始めて2時間弱経っていただろうか?
幾つかの遠因は予想が付くが直接的原因は飲酒。

最近いつも出ている目の症状は、チョットペースを緩めることで回避出来たが、その後に襲ってきた胸痛は半端でない。
脂汗が出てきて、店の外に出てシャツ一枚になった。

軽い吐き気でほんの僅かに唾液程度を吐いた後、一旦落ち着いたが、又即胸痛が襲ってくる。
堪らずタクシーを呼んでひとり先に帰宅したが、タクシーの運転手も気持ち悪かっただろう、車中でずっと唸っていた(^^ゞ

帰宅後も胸痛は続いて(僅かに和らいでいたが)、真面目な話この今の年齢で死ぬとなればこの苦しみを味合わなければ死ねないのか?等と云う事を考えていた。

浅い眠りに就くが1時間もすれば痛みで目が覚める。
そして朝。
本堂ではいつものメンバーの叩く木魚の音が聞こえるが起きる元気は無い。

9時くらいであったろうか、体全体が硬直していると云うほどに凝っているので、Tm君にマッサージをお願いした。

その段階で胸の痛みは、その残骸を感じる程度に収まっている。
マッサージも間違いなく効いた。

後はひたすらごろごろして一日を過ごし、夕飯までに食べたものはヨーグルトを二個だけ。

翌日のお念仏を休む旨いつものメンバーに電話をいれ、とにかく我が儘な時間(体の求めに応じる)を過ごす。

硬直気味の体をほぐすために入浴すること三回。
その都度即深い睡眠を繰り返すことが出来る。

Taさんから届けられていた海苔巻きを三切れ食べる事も出来た。

そして今朝。
なんと嘘のように元の自分が戻っている。
勿論気をつけて過ごしているが、全く普段通りの生活が可能でもある。

私は、紛れもない老いと、案外残っている若さを同時実感している気分だ。
入院して40日近くが過ぎたSサンを見舞いに行った帰り際(基本的に毎日お見舞いに行っている)、お大事に!と言われて「今のアンタにお大事にと言われるのも変なモノだ」と笑って帰宅した。


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# by tennkozann | 2018-11-30 11:41 | Comments(0)

交歓の妙

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面白い高校時代の友人がいる。
彼は通常私の事を『滝川君』と呼んでいるが、Facebookで真面目な投稿を見かけた際は「和尚様」と呼びかける。

彼が或る事柄に関して『数字は正直』と書いていたので、即返信して「数字は正直、数学はカンニング、私の高校時代」と書いたら、彼も又即返信で『和尚様と呼んでるのですよ、「いいね」が出来るわけ無いでしょう』と書いてきた\(^o^)/

勿論私は即『改心したのです』と返しておいたが、友人はいいものだ。
互いに70歳が近い、駆け引きも無ければ利害関係が発生するわけでも無い。

半世紀過ぎて味わえる「交歓の妙」とでも言っておこうか(^_-)-☆

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# by tennkozann | 2018-11-19 14:35 | Comments(0)

冷徹な目

f0211225_07213352.jpgアマゾンでKindle版が配信されることになった拙著について、出版社が次のように説明を加えていた。

・・・・・・・・・・・・・
歴史に埋もれた人物を掘り起こし、定説を覆す、真実の調査記録。
江戸末期頃から丹波国佐治村(現在の兵庫県丹波市青垣地域)で製作され、一度は近代化の波に飲まれ姿を消した国の重要無形文化財・丹波布。本書は約60年前の丹波布復興の際の、真の立役者・金子貫道にスポットを当て、彼の人となり、業績、逸話を丹念に調査し、紹介した一冊である。
丹波布にも民芸にも一隻眼を有する著者が、冷徹な目で歴史を見直す-
・・・・・・・・・・・・

娘に早速伝えたら、すぐさま確認してLineで「なかなかの謳い文句で^_^」と書いてきた。
詰まり中身以上に興味をそそるが如き上手い謳い文句だ!と云うニュアンス(^^ゞ

出版社は「冷徹な目で歴史を見直す」と書いてくれているが、何はともあれ、娘は『冷徹な目』で父親を評価しているようだ\(^o^)/

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# by tennkozann | 2018-11-19 07:29 | Comments(0)

世話をする側・される側

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家内が病に伏せている際は、他人事では無かった。
それ故其処には『世話をする側・される側』という別は無かった。

然しいくら親しいとは言え、その対象が他人である場合『世話をする側・される側』と云う意識が働く。
そして、多少慌ただしかろうとも、多少の大変さがつき纏おうとも、世話をされる側では無く、する側に居る自分の幸せを思う。

する側にいると云うことは、自分はひとまず健康であると云うことである。
其れに加えて、親族並みの扱いと云う一定の信頼が無ければ、お見舞いに行くことはあっても世話をする側という立場になる事は無い。
更には、自らの終焉を意識した人間の吐く言葉は重い。
傍に居る全ての時間がこの上ない学びの時間となる。

左様な事に思いを致せば、世話をする側というのは、正しくは世話をさせて頂く側と云うことである。

命ある限り学びの連続だと、陳腐に思われるかも知れないがその思いを強くする。


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# by tennkozann | 2018-11-09 12:33 | Comments(0)

怒り心頭(ー_ーメ)

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或る事柄について、檀家の人に徹底させるための依頼を総代にする。
然るに、当の総代がその徹底させる内容と異なる行動をする。

やむなき判断として其れをしたかの如き言い訳をする。
勿論全知全能の神でも仏でも無いのだから、生身の人間が判断を誤ることはある。

然しその判断が真摯な思索・思案の結果であるとするならともかく、ほんの少しでも邪なモノがあるとするなら大いに問題がある。

それは判断が歪んでいるのか、もしくは其の人間そのものが歪んでいるのだと断ぜざるを得ない。

向かっ腹が立っている。

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# by tennkozann | 2018-11-06 12:09 | Comments(0)

命あるウチに・・・・

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其れは確か私が18歳の時だった。
或いは19になっていたかも知れないが、まだ岡本太郎が『芸術は爆発だ!』などと言って、テレビに頻繁に顔を出すようになる前のことだった。
大阪万国博で太陽の塔が世界の人々を驚かす前のことであった。

銀座4丁目の三越で「太郎爆発!」と題された、大々的な展示会があった。
会場入り口にあるドアノブから、会場内に設置されたベンチから、何から何まで岡本太郎のデザインによるモノだった。

何本も角が突き出したような釣り鐘があって、それぞれの角を打つと微妙に異なる音が出たことなども覚えている。

f0211225_18534277.jpg数時間その会場で過ごしているウチに、意外に小柄な岡本太郎氏が会場に現れ、その周辺に美術評論家だかなんだかが数名居て、然し当の岡本太郎は興味なさげに彼らが語りかけているのに耳を傾けている、そんな場面を目の当たりにした。

何度か思い切って声を掛けたかいと思ったが、田舎から出て来たばかりの私は気後れがして、遠巻きに眺めているだけだった。

当時私は同氏のエッセイ集「原色の呪文」を、何度も繰り返し読んでいた。
それ故、その後テレビに顔を出すようになった同氏が、インタビュアーの質問に対してどのように答えるか?が、事前に想像出来、その予想と寸分違わぬ同氏の返答を妙に嬉しく聞いていたなどと云うこともあった。

当時私は岡本太郎に何を見ていたのか?
何にそこまで熱中したのか?
何かが分かっていたのか分かっていなかったのか?
今となっては疑問である。

今・・・今月4日まで、あべのハルカス美術館で岡本太郎展をやっている。
二度目の大阪万博誘致を念頭に置いた企画なのだろうか?

およそ50年前のことを思い起こしつつ私は、命のあるウチに見たいモノを見て、行きたいところに行ってしたい事をしておく・・・その事は強く心がけておいた方が良いのだ・・・等と云う事を思う。


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# by tennkozann | 2018-11-02 18:56 | Comments(0)

帰納的結論

f0211225_21384579.jpg僅かに非日常的な出来事に遭遇する。
その出来事を真正面から見すえて、続いて私は自分の周囲を見渡す。

例えば親子間でどうしようも無いトラブルを起こしている家族を見た際、さて私の家族はどうであるか?某友人の家族はどうであるか?と云う風にである。
そしてそこから帰納的に一つの結論を導く。

しかし問題は人間・人生・生き方を対象としているのであるから、帰納したものが100%正しいと云うことには成らない。
せいぜい60%~70%は当たっていると言えるだろうね・・・と云う程度の結論である。

それでも、この思索は大切なことであろうと私は考えている。
俗に「人の振り見て我が振り直せ」という人生の知恵を身につけるという意味に於いてである。
明確に思い起こせる『結論』が幾つかある。

その①或る知人(故人)がとても珍しい病気で不幸な晩年と成ってしまった。
その人は、何はともあれ出世街道を駆け上がるのに相当な無理をした人。
私は自分の周辺で、生きている間にキャパいっぱいと思われる無理をした面々を思い起こしてみた。
ほぼ全員、晩年はその『ひずみ』を生きていると結論出来る。

その②或る知人が、少なくとも私が評価するほどにはその人自身の実力を評価されていない。
その人の目立つ欠点を一つあげるとするなら、なんとも愛嬌の無い人である。
又々私は自分の周辺で思い起こせる何人かのことを考えてみた。
成る程!と私は結論する。
多少いい加減でも、多少他に欠点を持っていようとも、その人に愛嬌があるなら、世間はその人のいい加減さや他の欠点を大目に見るという傾向があるようである。
そしてその反対に、愛嬌の無い人は、実力が過小評価される場合があるようである。
愛嬌と言えば随分軽いモノのように思われるかも知れないが、世間に受け入れられる際の必要条件に「愛嬌」というモノがあるのだと、私の帰納的結論である。

その③子供に対する親の責任と云うことについて考えてみた。
私の結論は、其れは年齢なんかで一律決めることは出来ないと云うことである。
子供に対する親の責任は、進学・就職・結婚・・・と云う『人生に於ける大きな選択』まででは無かろうか?
少なくともその大きな三つの選択には、親の価値観が色濃く反映している。
其れがまたまた私の帰納的結論である。

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# by tennkozann | 2018-10-31 21:40 | Comments(0)

彼女居るねん\(^o^)/

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「爺ィ 俺この間から彼女居るねん」

「ほぉ 彼女と普通の女友達とどう違うん?」

「相手が付き合ってくれと言ってきたからOKしたんや」

「ああ・・・付き合ってくれとどっちかが申し込んだら彼女とか彼氏になるんや」

「うん」

「友達にからかわれないか?」

「俺な、彼女とか作らへんかってん、それがな、付き合いだしたから冷やかす奴おるわ」

「そんな皆な、彼女や彼氏がいるのか?」

「うん」

「男の方からか女の方からかどっちから申し込むことが多いん?」

「そりゃ男からや」

「ふぅ~ん」

「彼女居ったら学校行くの楽しいなる。俺の幼なじみも彼女がおって、その彼女が俺の彼女とも仲が良いねん」

「あぁそりゃ良いな」

「うん」

「暁央の彼女 可愛いか?」
 
「うん まぁ可愛い」

考えてみたら私も中学時代、意識する女性はあった。
友達の間でも知られていた。
しかし、こんなにオープンであっけらかんとしたものでは無かった。
時代の変化か個性の違いか?家庭環境の違いと云う事もあるかも知れない。

何はともあれ、私は孫(中1)とこんな会話の出来ている現実が、実に有り難いばかりである。

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# by tennkozann | 2018-10-27 07:02 | Comments(0)

雲海

f0211225_13462260.jpg間違いなく雲海の出ていることが予想できた今朝。
朝のお勤めが終わって車を走らせる。
ん?
今朝は霧が深すぎるだろうか?と思う。

駐車場に着いたら、思った通り止まっている車が多い。
雲海間違いなし!と、朝早くに登った人が多かったのだろう。

駐車場で宿直明けのOさんと出会う。
一足先に登り始めたが、後から追われている気分で幾分早足に(^^ゞ

途中下りて来た女性は、名前を知らないものの話をしたことはある。
『凄い雲海ですよ』と言う。

更に少し登ってすれ違った男性は多分初めて出会う人。
真ん中を過ぎた辺りで常連のTさん。
「滅多に見られない雲海ですよ」と。

赤門で作務衣の上を脱ぐ。
其処に下りてきたのは青垣在住?のTさん。
「お久しぶり」と。

そのTさんは、私の後を着いてきていたOさんとひとしきり話をしている。
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頂上には、神戸から単車を飛ばしてきたという若者と、常連のUさん。
確かに素晴らしい雲海が待っていた。
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一時間ばかり頂上にいただろうか。
Facebookとインスタにそれぞれ異なる写真をアップして下りることとする。
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普段通りの城山登りなら途中色々と考えることも有るが、今朝のような場合は確かに何も考えてはいない。
雲海を眺めて雲海に感動して、その感動をどのように写真に収めるかを工夫して、そして時間が過ぎていく。
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帰宅してお風呂に入る・・・至福の朝を過ごした。


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# by tennkozann | 2018-10-18 13:51 | Comments(0)