内なる自己に出会う旅

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かねてからの、体験を踏まえての持論であるが、本当に必要な「情報」であるとか「人」であるとか、或いは「物」であってさえ、其れは必ずしも自分が探し当てるモノでは無く、此方の真剣さに順って相手から飛び込んでくるものである。

昨日、地域おこし協力隊々員のK君を木工作家笹倉邸へ案内した。
何かの折りに私が笹倉氏の話をしたのを受けて、K君が「和尚さんがそこまで言う人なら一度おお目に掛かりたい」と言ったのを受けての案内だった。

ひょんな事から同行することになった女性4人も一緒で、総勢6人。
笹倉氏に半日潰させてしまったことになる。

同行した女性が丹波布伝承館の指導員・専修生そして今年から伝承館に学ぶ女性2人の計4人だったことと、K君の担当する地域おこしの対象が「丹波布」と云う事もあって、話題は民藝全般の話から徐々に丹波布話題へと移行していく。

其の途中笹倉氏が二階から段ボール箱を持って下りてこられた。
其処には、丹波布に関係している者なら誰もがより詳しく知りたがっている、丹波布復興の功労者「金子貫道師」関係の布地が入っていた。

その前だったかあとだったかに、金子貫道師が刊行された「丹波布史抄」と名付けられた小冊子や、同氏のご子息・金子晋氏(「よみがえった古代の色―万葉・風土記の黄と赤」などの著作がある)からの笹倉氏宛て手紙なども見せて貰った。

それらのモノは今、K君が今後の活動を位置づけていくのにとても貴重な資料ばかり。
それのみならず、丹波布に関係している4人の女性を刺激し勇気を与える品々でもあった。

更に又、さしたる根拠も無いままにではあるが、年来私が丹波布に関して語っていることを裏支えして其の論拠とも成ってくれる数々、でもあった。

本当に必要な情報・人物・モノ等々が、其れに取り組む人間の真剣さに応じて向こうから飛び込んでくるのだという証をまざまざと見せつけられたかの如き昂奮があった。

更に、その事とは別に、昨日朝、今五回目の校正にかかっている著書「拳堂という生き方」に、どうしても欲しかった拳堂翁最晩年の達磨図を入手できる手はずになった。
これも私の気持ちに応じて向こうから飛び込んできてくれたモノである。

『人生は内なる自己に出会う旅である』と、些か陳腐な言い回しであるが、そんな事も私は年来言い続けてきている。
其の内なる自己とは、今自分が取り組んでいることに対する真剣さの事でもある。

2年ばかりで『古稀』。
其の年齢にあって、自らが持論としていたモノの証を得るかの如き出来事の数々、気持は今朝もまだ静かな昂揚の中に在る。
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by tennkozann | 2016-06-08 08:16 | Comments(0)