嬉しい出来事であった

f0211225_12330815.jpg頻りに親子の断絶などという文言がメディアを賑わした事があった。
いつの間にか収まったかに見えたが、今度は代わって家庭内暴力という文言が繰り返された事もある。

昨今はそのどちらもメディア上に頻発するという事が無くなったように思うが、しかし事態が好転した訳でもあるまい。
単にそれらの文言がメディアを賑わすだけの鮮度を失ったと云うだけの事であろう。

因みに私自身の中学高校時代はどうであったか。
父親に対する反発から、余り口をきく事は無かったが、その分母親とは良い関係を保っていたように思う。

父親に対しては、既に亡くなって11年が経つが、今なお私は批判的である。
尤も、随分と迷惑をかけたとも思うし、世話になったとも思う。そして父から学んだ事も正直少なくない。
しかし、其れで何もかもプラスマイナスゼロだ等とはとても思う気にならない。
人生におけるプラスとマイナスは、間違っても差し引きするものでは無い。
差し引きしてしまっては、プラスの方からもマイナスの方からも学ぶ事が出来なくなる。
プラスの方からは、勿論学ぶ事が多くあるからこそのプラスであろうが、マイナスの方も「反面教師」として大いに学ぶべきものがある。

私はそういう意味で、今更亡父を難詰するというのでは無いが、批判の目まで閉じてしまう気にはなれない、と云う事である。
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ところで当の私は二人の子供とどうであったろうか。
多分断絶などという状況は一度としてなかったはずである。
それは或いは二人の子供が私の我が儘を許容していただけの事であるかも知れないが、当の私の意識としては、私自身の経験から仲良くない親子ほど不幸なものは無いという思いがあった。

尤も仲が良いと言っても、傍目に気持ちの悪いようなベタベタの仲良さでは無い。
むしろ互いの信頼感という意味での仲良さである。

他人事のように論評すれば、私と亡父の関係は或る種の不信感であり屈折したライバル意識で有った様に思う。
その状況を或る意味での反面教師として、さて?私の子育ては上手くいったのであろうか。
勿論亡妻の協力無くして子育てなど出来ようものでもないし、亡妻は亡くなる寸前まで「ウチは母子家庭だった」と言ってたくらいだから、「私の子育て」などというものは有って無いようなものではあるのだが(^^ゞ

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昨日直央のブラジル時代、一番多く一緒に練習をして、そしてよく家にも食事にお邪魔していた元世界チャンピオンのイシュコヘガが、本人の希望で会いに来てくれた。
色んな意味で私には嬉しい出来事であった。

最後の写真は、大のサムライ好きであると聞いていたイシュコヘガに、知人に頼んで居合いの体験をしてもらった。

教えを全て素直に受け入れた彼は、見事に真剣で巻き藁を切り落としていた。


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by tennkozann | 2017-05-23 12:39 | Comments(0)