来年の5月に間に合うだろうか

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来年五月、親縁寺さんで開筵される五重相伝の勧誡(15席程度か?)を仰せつかっている。
そもそも五重相伝の勧誡は学徳兼備の僧侶に託されたものであるから、とても私なんぞの手に合うものでは無いが、なぜか親縁寺さんは私が勧誡を引き受けるなら五重相伝を開筵すると云う事で、仕方なく引き受ける事とした。

今月に入ってから、そろそろ準備を始めている。
私の準備は、①五重相伝に関わる原書に目を通す。②関連書籍でアウトラインを再確認。③手持ちの勧誡講義録九冊をチェック。
大体そう云うところである。

五重相伝は本来僧侶の世界で師から弟子へ、20年間の準備期間の後114日かけて伝えていったものである。
それを在家信者にもと云う事で、化他五重と称して、ダイジェスト版として伝えるものである。

一般参加者にはそれぞれの人生経験があるので、それを僧侶に於ける20年間の準備期間に見做したとしても、それでもいきなり本論というわけにも行かないので、多くの勧誡師は、プロローグとして数席費やされている。
と云う事は、本論に費やせるのはせいぜい10席というところ。

詰まり、僧侶の間での114日間を10席で伝えるというのは、1日10時間と見做したとしても1140時間を10時間に短縮するという話である。
100分の1以上(@@;)。

そこで著名な勧誡師は、どの部分にどの程度の力配分をされているのか? 
それが上記③の「手持ちの勧誡講義録九冊をチェック」である。

因みに手持ちの九冊は、山本空外・藤吉慈海・林霊法・野島宣道・寺田定信・藤堂俊章・岩井信道・服部法丸・上田見宥の各師である。
このうち直接何らかの形で話を伺った事のあるのは4人。

最初の三人は所謂学者。後の六人は著名布教師。
読み比べてみると、初重までのプロローグに費やす時間の取り方と力点、そして初重に費やされる時間と解説方法、二重に於ける解説の取捨選択等々、それぞれの特徴が浮き彫りにされて面白い。

世界的学者もあれば、各大本山の法主におさまった人もあれば、浄土宗の名布教師として歴史にその名を残しておられる人もある。

ところで昨日、そういえばと、嘗てG師の勧誡録をM君がテープ起こしをしてA師が監修し、E寺から刊行する話のあった事を思い起こし、A師から送られてきた原稿をPDF原稿にしてKindleで読む事にした。
これがこれで私に近しい人の勧誡録なので実に面白く読める。
私も当時殆ど拝聴した話ではあったが、文字で眺めてまた違った感慨がある。

さてさて暇を見つけて以上の作業を続けているが、来年の5月に間に合うだろうか(^^ゞ

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by tennkozann | 2017-06-21 08:17 | Comments(0)