楽しく死ぬ

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今日彼は仕事をしていた。
3度目の見舞いになるが、病室を訪れた際、彼は7日から始まる展示会の打ち合わせ中であった。

CG教室生の一人が一気に企画してくれた展示会が余程彼を元気づけているのだろうか?
多分今更病状が好転するはずも無いが、彼は確かに元気になっていた。

打ち合わせの終わった後、種々話をした。
彼は言う「滝川なぁ センスセンスと人は言うけど、そんなん みんな大差ないんだよ」と。
続けて「要は何にでも興味をどれだけ持って、その興味に従って、材料をどれだけ自分の中に抱え持っているかが、違いを生み出すのだ」と。

50年間の付き合いの中で、最も真摯な会話をしているのかも知れないので、彼の言う事にこれまで以上の説得力がある。

私は彼に対して種々憎まれ口をたたいてきたが、彼の瑞々しいセンスだけはいつも褒め称えてきた。
しかし彼に言わせるとそれは「生まれ持ったセンス」などというものでは無く、日々如何に興味を持って多くのものを見つめ続けているのか?その集積が「センス」と呼ばれるものとして形を持つのだと、そんな事を言いたかったようだ。

人生には1度や2度のとんでもないラッキーが起こる事がある。
しかしそれは決して長続きはしない。
彼は繰り返し「面白い人生だった」と言う。その面白い人生は、決してラッキーに恵まれ続けた等というものでは無く、日々の積み重ねなのだという事だろう。

この度の展示会用に作られたパンフレットの、彼の履歴を見れば、彼はその都度ほんのちょっと時代の先を読み、大胆に挑戦を繰り返している。
その結果、或る時は写真の著作権料だけで毎月2000万に垂んとする収入のあった時期がある。
バブル崩壊は、彼とてその影響を受けてしまったようだが、彼の積み上げてきたものは、間もなく彼を復活させた。

そしてほぼ悠々自適と言って良い制作対象が「雲」であった。
「滝川、ジョージ秋山の浮浪雲知ってるか」
「あぁビッグコミックに連載された漫画な、随分興味を持って毎回見てた」
「そうか、雲の写真を撮るときちょっと頭の隅にあったな」と。

日々ひょうひょうと暮らしながら、ここ一番ではめっぽう強くて、そしてチョット気の利いた台詞を吐く主人公。
「富士山に登ろうと心に決めた人だけが富士山に登ったんです。散歩のついでに登った人は一人もいませんよ」。
「立派になろうなんてのは、疲れますから、自分のやりたいことだけ、自分が楽しいことだけ、考えたらいいんですよ」。
なにやら八木が喋っているような気になる。

主人公は言う「人生で一番大切なことは 機嫌がいいこと」。
最初の見舞いの時に八木の言った「滝川なぁ こうやってみんなの顔を見ながら楽しく死にたいんや。痛みに苦しんでたらみんなの顔を眺める余裕も無くなるだろ?」と、妙に符合する。

展示会に向かって仕事をしている彼を見たら、彼の望みである「楽しく死ぬ」事は叶いそうである。
叶ってほしいと思う。

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by tennkozann | 2017-08-01 20:07 | Comments(0)