門中寺院研修旅行 ④太宰府⇒明星寺⇒吉祥寺

今回の研修旅行は時間的余裕をみてのものだったので、太宰府にも廻ることとした。
7人全員で集合写真を撮ろうとして、誰かシャッターを押してくれる人を探すが、殆ど日本語の分からない人。
詰まり韓国人か中国人か。
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所謂観光地は、昨今のテレビが伝える通り東洋系外国人に占領されているようだ。
ただ、そうは言っても太宰府天満宮なのだから、見るべき所も勿論多く在るに違いない!と思いつつ、やっぱり結論は早々の引き上げ(^0^;)

次に向かった明星寺は、途中で道に迷ってしまうくらい奥まったところで、観光とはほど遠い存在。
しかし案内板に目を通すと、今でも・・・毎年四月十三日には全部落が挙げてご馳走を造り、その日一日を休み、近郷近在から多くの参拝客がある・・・と書かれてあった。
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殆ど荒れ果てたと言われるような佇まいであるが、此処は鎮西上人が五重の塔の本尊仏を康慶に依頼するため京に上り、その結果法然上人との出会いがあったそのきっかけとも言うべき所なので、是非とも訪れておきたかった。

車でごく近くまで行くことが出来たが、その車道が出来る前は、多分使っていたのだろう麓へ下りていく石段がある。
其れは途中道に迷って紛れ込んだ集落に繋がっているのだろうが、往時恰も比叡と坂本のような関係に有ったのでは無かったか?と想像を膨らませるに十分であった。

次に向かったのは吉祥寺。
此処は元を正せば、鎮西上人が、自らの出産と引き替えに難産で没した母の、冥福を弔うために庵を結ばれた場所。

其れで本尊阿弥陀如来の脇士が、法然上人と鎮西上人と云う珍しい配置。
撮影場所の関係でその全体を上手く捉えられることは出来なかったが、阿弥陀仏と元祖法然上人が並ばれている写真を撮ることが出来た。
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鎮西上人が自ら彫られたのだと伝えられ、別名腹帯如来とも呼ばれるご本尊さんのご開帳は、六字詰め念仏でと云う演出もじっくり味わってきた。

余計な事でもあろうが、鎮西上人の霊場巡りを企画するなら、その第一番とすべき由緒と、それに見合う立派な佇まいのお寺である。
先々代から三代かかって今日の威容を取り戻すことが出来たのだという話であった。

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by tennkozann | 2017-11-19 04:38 | Comments(0)