我ながら上手い例え話ヽ(^。^)丿

所詮例えである。ゆえにも全てがそのまま符合するわけでは無いが、私は面白い例え話を思いついた。
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今ここに人間に似せた1000体のロボットを製造し、そのロボットを整列させて行進させてみる。
言うまでも無く機械生産されたロボットに寸法の狂いは無く、その行進が乱れる事は無い。
ほんの少し離れた場所からこの行進を眺めてみれば、其れは恰も一つの大きな鉄の塊が前進しているかの如き様相を見せるに違いない。

またここに別の行進、其れは徹底して管理・訓練された軍隊を想像してみる。
時にテレビで見る事のある、北朝鮮の軍隊の如きである。その目的如何の是非は別として、よくぞここまでの訓練が出来るものと感心する。
しかし其れは前のロボットの行進程に、鉄の塊が移動していると迄は思わせはしない。
どこまで行っても人間集団の動きである。

更にまた別の行進を想像してみる。
其れは昨今、ニ-トだのフリーターだのと名付けられた、やる気があるのだか無いのだか分からない若者集団に、僅かなアルバイト料を支払って、にわか仕立てで歩かせてみる行進である。
所詮にわか仕立てでも有り、中には肥満した者もやせ細った者も背筋の伸びていない者も居る。
勿論この行進が、一つの塊の動きに見えるはずも無い。
早い話が、申し合わせてはいるものの所詮ばらばらの動きであろう。

昨年の今頃、私は「丹波布復興の父・金子貫道」を脱稿しつつあった。
その前後、私は実に多くの丹波布を見た。
その結果(其れは以前から思っていた事でもあるのだが)端的に言えば、復興後の丹波布の多くは、前に書いた三つ目の行進である。
一つ目のロボットの行進とは、紡績工場で仕上げられてくる布地である。
二つ目の、徹底的に訓練された人間集団の其れは、福永世紀子さんが小谷次男氏の作品を見て感じたという「こんな物織れっこない、動かない縞」のそれである。
三彩工芸・藤本均氏のコレクションの多くも其れである。

因みに行進の類いと言って良いのか、オリンピックの閉会式の様子をテレビで見る事がある。
其れは戦い終えた後のアスリート達が、この上ない開放感の中で和気藹々とリラックスしている。
実に和やかさこの上ない入場シーンである。見ていて心温まるものがある。

しかしだからといって、このオリンピック閉会式を基準として、前の三番目のだらしない行進を是としては成らない。
閉会式の入場シーンに漂う「開放感」「和気藹々」「リラックス」「和やかさ」等のフレーズを以て、だらしない行進を是とするなどもってのほかである。
私が復興後の丹波布に言いたいのは其れである。

そして、前の三番目に書いただらしない行進に、語彙の貧困な人間が「手作りの味」などと評するのを以て可とする状態を作ってしまったのが誰であるのか、私はいくつかの客観的事実を以て特定することが出来る。
しかし敢えて書くまい。地元丹波にあって丹波布に関わる人のウチ、心ある者は全て気づいている事でもあるのだから。

うん!それにしても実に我ながら上手い例え話では無いかヽ(^o^)丿

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by tennkozann | 2017-12-05 17:02 | Comments(0)