思い掛けず金福寺

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余程俳句好きの人はこのお寺を訪れるのだろうという金福寺。
芭蕉がここを訪れたことがあり、その後周辺の住民は此処の小高い所を指して「芭蕉庵」と呼んでいたのだそうであるが、芭蕉を慕う蕪村がここを訪れた際は荒廃しきっていたのだそうである。
そこで蕪村及び蕪村の一門が安永5年に再興したのが現存する芭蕉庵。
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ただ私が訪れたかった理由は其れでは無い。
私は、このお寺で尼僧・妙寿として生涯を終えた幕末の女隠密「村山たか」に対する興味から一度訪れたかったところ。

NHK大河ドラマの第一回目は舟橋聖一の小説「花の生涯」だったそうだが、そこで描かれた幕末の女隠密が村山たか。

その後、2003年には諸田玲子が「奸婦にあらず」で村山たかのことを書いている。
より史実に近い小説はこの「奸婦にあらず」の方では無いかと私は思っているが、その村山たかが、井伊直弼の女隠密として、反幕府勢力の情報を掴んだ事が安政の大獄に大きく加担したのだとされている。
しかし彼女は女性だと云う事で、三条河原に三日三晩晒されたものの、殺害を免れている。

その後、出家して生涯を終えたのが金福寺。
お寺に祀られていた彼女の位牌には「清光素省禅尼」と刻んであった。
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彼女の送った情報によって惨殺された反幕府側の人々も少なくなかったに違いないが、時代が変わって以降、尼僧として過ごす彼女は「素」で自らを「省み」「清らかな」「光」を浴びる晩年だったというのだろうか。

金福寺本堂の裏側にこんもり盛り上がっている場所に芭蕉庵がある。
蕪村のお墓もある。
そしてそこは京都市内を一望出来る高台。
曲がりくねった、自然石で作られた石段を、たか女は毎朝お茶湯を運び、来し方を思えば胸が締め付けられる高台から見る京都の町だったのだろうか。
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S縁寺さんが五重相伝のことに関して急遽京都に行くと云う事で私に声を掛けてくれた。
用事は2時頃に終わったので、此の際にと彼を誘って金福寺を訪れ。
更に歩いて数分の所にある詩仙堂も覗いてみた。
京都への車中で「村山たか」に関するチョットした解説をしていたので、彼は思いの外感激してくれた。

うん!
悪くない一日だった。

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by tennkozann | 2018-02-23 20:12 | Comments(0)