贅言とは 言うまでもなく 言う必要のない事・・である


by tennkozann

奇跡の再会とでも呼ぼう (^_^;

f0211225_13215600.jpg順を追って簡潔に書こう。

某日親縁寺さんが「良い天気なのでどこか出かけませんか」と誘ってきた。
足指の骨折で退屈しているだろうという思いやりか、或いは過日京都に出かけて、用事の後行ってみた金福寺に感激した余韻がそれを言わせるのか。

私は二~三候補を挙げる。
彼は言う「海の方でどこか良いところ知りません?」
それならば諸寄、と私。

諸寄は小さな漁村で観光などに訪れるところでは無い。ただ私には高校時代臨海学校で訪れたのと、も一つの思い出がある。

彼は『良いですね』と即答でなぜ諸寄なのかを私に問わない。
四方山話をしながら私は彼の運転する車に揺られる。

諸寄に到着して、彼は海産物の食べられる浜坂の方を目指そうとするが、私は何もなさげな諸寄へ行こう!と。
そしてそこで漸く、私は高校時代の臨海学校で知り合った諸寄の女の子と文通をしていて、その頃父に逆らって家を飛び出したことがあったのだと話を始めた。

その家出の際、その女の子の家に身を寄せた。
実はその時点で彼女のお母さんは亡くなっており、お父さんは遠洋漁業で出かけられていたのを知っていた。

小さな漁村の狭い路地を見て、曖昧になりかけている記憶の輪郭が急にはっきりとしてくるのを覚える。

チョット車を走らせた先に昔ながらの喫茶店があったのでそこで一休みすることとした。
ただ、店を覗いても誰も居ず、営業中であることは確かなのに何度奥へ向かって声を掛けても返事が無い。
なぜか私はしつこく声を掛けたくなって声をかけ続けていたら、漸く奥から私よりチョット年上の女主人が顔を出してきた。

コーヒーを頼む。
女主人は注文に応じてコーヒーを淹れるやり方らしく、サイフォンの用意をする。
その準備をしている女主人に、モノは試しと『昔この町に○〇〇と云う屋号のお店がありましたよね』。
女主人『あぁ在りますよ。今は息子さんの代で云々・・・』
 えっ!?今もある? いまどき昔の屋号を告げて分かると思っていなかっただけに驚きが倍加される。
私『その家に昭和24年生まれの女性がいましたよね?』
女主人『ああ○○ちゃん 浜坂に嫁に行って きれいな子や』と。
 えっ!? そのきれいな子というのは、昔は・・・と云う意味なのか、今も・・・と云う意味なのか?などと云う思いが頭をよぎる。
女主人『あの家は五人兄弟で○番目の男の人が友達です』と。

そしてコーヒーが出来上がる間に電話を取って「○○ちゃんに店に電話してくるように言って」と。
その友人であると云うお兄さんの方へ電話をされたらしい。
別段私が頼んだわけでは無い。
親縁寺さんはチョット面白がって『電話してみて下さい』というようなことを言っていた。

間もなく店の電話が鳴る。
女主人『○○ちゃん ひさしぶり チョット待ってね アンタ知ってるという人が来られてるねん 電話替わるから』
私は躊躇している暇も何も有ったものでは無い、渡された電話で「鳳鳴高校ってご存じですか」「はい」「あの私滝川と申しますが」「えぇ~っ 滝川君? 今なに たくさんの人と? すぐに行くけど大丈夫?」

殆ど狐につままれたが如き状態で思いがけない再会。
十数分後に彼女が来たのを見計らって、親縁寺さんは『チョット私はその辺り散歩してきます』と。

彼女は確かに良い年の重ね方をしてきたのだと確信出来る佇まい。
68歳の婆さんでは無い小綺麗なご婦人であった。
帰路親縁寺さんが「イメージを壊すというような変わり方で無くて良かったですね」と言われたのでも、その事が証明される。

僅かな付き合いであったが、家を飛び出して身を寄せたこと、二人で白い灯台のあるチョット海に突き出したところを訪れたこと。
彼女が手編みの白いセーターをプレゼントしてくれたこと。
話は山のように有る。 
最近も彼女の妹が『あの泊まりに来た滝川君と死ぬまでに一度は会いたいと思わない?』と問うたのだそうな。
当時彼女の私に対する印象は『歯が真っ白で、目が澄んでいて、こんな爽やかな男の子が居るのだろうか』だったらしい。

外回りから帰ってきた親縁寺さんも話の輪に入って「でも毎年毎年何百人という高校生が訪れたんでしょ?」と。
どうもそんな中で私が選ばれたというのが気に入らないのか?ヽ(^。^)丿

私の記憶が薄れているのか?もしくはその際、初めてその話を聞いたのか、彼女は、自分の家が母親が亡くなっていることで高校に行くのも断念しなければならないという引け目があり、或る種の格差を感じて自分から身を引いたのだと云うことを言う。
だから一度会いたかったのだと。

私は思う。自然消滅では無かったのだ。必ずしも私が望んで関係を絶ったのでは無かったのだと。
ゆえにも不思議なくらい、私は彼女の夢を見ることがあった。
そして諸寄という田舎町を訪ねて出会えなかったと云う夢も見た。出会ってその婆さんぶりにがっかりすると云うような事も妄想したことがあった。
それらの事が妙に納得出来る彼女の思い出話であった。

私の写真を財布の中に入れており、その財布を落として私との関係が諸寄の町で噂になっていたのだという話もしていた。
彼女は私が当時書いたという手紙の一節も覚えていた。

親縁寺さんは言う「こんなん盲亀浮木ですやん」と。
盲亀浮木とはお釈迦さんの語られた例え話で、殆どゼロに近い可能性が現実化するという意味の言葉だ。
そしてとても楽しげに彼女が一緒の時間を過ごしていたという印象をもったのだそうだ。

もしも彼女が、ほんのちょっと遠いところに嫁に行ってれば会えることは無い。
喫茶店で声がしないからと、他の店を覗いたなら実現しなかった話。
その喫茶店の女主人がよそから嫁に来た人で無く、彼女の兄と友達であるという事が無ければ、まさか電話をしてくれることも無い。
もし連絡が取れたとしても、彼女に自由になる時間が無ければ会えることも無い。

因みに、私はその喫茶店の名前も覚えていなかったのだが、親縁寺さんが覚えていた、名前は「待夢」。
夢を待っていた・・・なんだか作り話にしても出来過ぎている話。
思い出を訪ねてとかなんとか・・・某テレビの企画番組のように青春が甦った一日だった(^_^;

東京オリンピックの年、中学三年であった彼女は山陰道を走る聖火ランナーを務めたことがあった。
「あの白いセーターは滝川君の真っ白な歯によく似合うと思って編んだの」・・・と彼女は言った。

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by tennkozann | 2018-02-28 13:27 | Comments(0)