このままの大人になれ

f0211225_07531702.jpg
孫の卒業式に顔を出し、その孫の周辺で「愛されキャラ」という昨今生まれたのであろう新語についてぼんやり考えるところが有った。

この言葉が造語される以前、人口に膾炙していた同趣旨の言葉は「可愛げ」であったろうか「茶目」であったろうか。

亡母がよく言っていたのは「瞳の色は真っ黒よりもチョット茶色がかっているのが良い、お茶目というのもそこから来ているのだから」と。
亡母は子供の頃から「愛されキャラ」だったようだ。
繰り返し聞かされていた子供時代の話を総合してそう思う。
自分の瞳が茶色がかっているのも、一つの要素だという様な事も話すことがあった。

確かに、生涯を通じて亡母の周りに人の絶えることはなかったし、詩吟の教室をやり出した際も、あれよあれよという間に生徒が増え教室が増えていった。

直央のブラジリアン柔術アカデミーの展開に似ているようだなどと云う事をぼんやり思うことが有る。
仏教ではそれを「衆生縁(シュジョウエン)」と呼ぶ。

因みに「愛されキャラ」があるとするなら「愛されないキャラ」と云うのも確かにある。
正しかろうが立派であろうが多少の能力があろうが、人に愛されない個性である。
更に悪くなれば「嫌われキャラ」もあれば「憎まれキャラ」もある。

そして余程大きな変わり様でもしない限り、人は周囲が漠然と見て取る「○○キャラ」に似合った人生を展開するものの様である。

孫が「クラスのムードメーカー」だと担任に言われ、その友人達の間での動きを見ていると、紛れもなく「愛されキャラ」だと確信できるのは、彼の生涯を予想する上で充分安堵の材料となる。

私は、自身の中学卒業式の日のことを思い出す。
その日は寒くてまだ職員室にストーブがあった。
学校を立ち去りがたく、数名でそのストーブを囲んでいた際。
チョット当時としては型破りと言って良い体育のO先生が、私に向かって「滝川!お前を三年間見てきたけど、ついにお前が硬派なのか軟派なのか、決められないままだった。しかし滝川!お前はそのまま大人になればいい男になれるぞ」と仰った。

実はその時はイマイチ意味の分からない評価であったが、或る年齢に達した時、なんとなくその意味合いが理解できる様に成った。
そしてそのO先生に是非お目にかかりたいと思ったが、思いの外O先生は若くして他界なさっていた。

私はぼんやり暁央に対して・・・このままの大人になれば良い・・・と思う。

[PR]
by tennkozann | 2018-03-24 07:55 | Comments(0)