贅言とは 言うまでもなく 言う必要のない事・・である


by tennkozann

死ぬ準備?\(^o^)/

f0211225_18401510.jpg過日丹波新聞の取材を受けて、15冊の著書があると紹介もされたので、この際自分で簡単な著書目録もどきを書いておこうか・・・と。
70歳が間近になって、死ぬ準備という側面もある(^^ゞ
命があれば、今計画中の本と、更に一冊くらいは書くことになるかも知れない。
私が私自身を納得させるための、生きてきた証とでも言えば良いだろうか?
まぁそれにしても随分と書いたものではある(^^ゞ

●『西楽寺読本』昭和63年6月8日(1988)・四六判109頁 発行西楽寺 (39歳6ヶ月)
40歳を前にして、突然亡くなると云う事になったとしても、次の西楽寺住職がお寺の全貌を知り、その運営指針とすべきものを書き残しておこうとした。
この頃から檀家の私に対する評価も徐々に好転していったのかも。

●『参小島省斎語録』昭和63年秋彼岸(1988)・四六判61頁 私家本(39歳9ヶ月)
丹波出身で無い私が、幕末に柏原織田藩を指導した小島省斎の存在を知り、その片言隻句に参じたもの。

●『何・・・』平成4年12月(1992)・新書判62頁 発行素交会(44歳)
有志を集めて素交会なる勉強会をしていた際の講話録。

※『壺中贅言』平成8年4月1日(1996)No360~平成10年3月1日No381浄土宗総本山知恩院発行『華頂』に21回連載。
華頂誌がモノクロからカラーになった際、巻末のコラムとして連載。

●『一字考』平成13年2月(2001)・新書判139頁 発行素交会(52歳2ヶ月)
平成11年(多分)から丹波新聞に連載した漢字コラムを素交会が素交会叢書として出版してくれた。
社団法人・関西電気管理技術者協会発行『でんきのかんりNo26』巻頭エッセイに「咲という字」が転載された。
某氏がこの本の中から明らかな盗作をしていて、知人に指摘されて詫びに来られたことがある。

●『夢幻泡影』平成16年11月14日(2004)・四六判200頁 私家本(55歳11ヶ月)
亡妻の脳腫瘍が見つかり、その後90日間に亘る自宅療養の記録。
発行日は亡妻の満中陰の日に合わせてのものである。
題名夢幻泡影は、金剛経の名句「一切有為法 如夢幻泡影 如露亦如電 應作如是観」から採った。

●『小豆島遍路記』平成20年11月25日(2008)・A5判50頁 私家本(59歳11ヶ月)
何もせずに還暦を迎えたくなくて、8日間かけて小豆島88カ所を、特に遍路道だけを選んで歩いた際の記録。
事実関係だけの記述にもかかわらず「面白かった」と言われることが少なくなかった、読みやすかったのだろうか。

●『贅言に候』平成22年9月27日(2010)・四六判384頁 発行西楽寺(61歳9ヶ月)
亡妻の7回忌に合わせて、それまで書きためていたブログ数百編を取捨選択し「瑣事感興 井蛙管見 異見有理」など、自前8種類の四字熟語に分類したもの。
娘が編集・校正などで協力してくれた。
旧友のCG作家・写真家の八木博氏(故人)がカバーデザインをしてくれた。
全く面識の無い人からの感想文が、一番多く寄せられたもの。

※『怠惰な誘惑』平成24年6月7日(2012) 兵庫民芸No45 19頁~23頁
当時兵庫民芸協会副会長であった笹倉徹氏(のち同協会会長)と雑談をしていて、同氏に『その話 文章に纏めてよ』と言われて、気力を振り絞って書いた記憶がある。

●『矜持保つ可し』平成25年8月21日(2013)・四六判184頁 発行西楽寺(64歳8ヶ月)
西楽寺読本の改訂版であるが、晋山以来堂宇の大改修・五重相伝開筵・授戒開筵・別時念仏会連続開催等々、大きな出来事か続いたので記録しておくこととした。

●『げにしかり』平成25年8月21日(2013)・新書判100頁 発行西楽寺(64歳8ヶ月)
「矜持保つ可し」で、趣旨に賛同して下さる方への寄付協力をお願いしたら、思い掛けず大きな金額が寄せられたので、付録として書いたもの。
私らしいと云うのがもっぱらの評判であった。

●『民芸考から念仏行へ』(2013多分)・A5判19頁 私家本
熊本の石橋を三日間掛けて見て回った際の記録と、そこから連想される民芸理論、そしてお念仏のことを小冊子に纏めた。
副題は『これでも私の念仏論』である。

●『仏教は人生の学びとなるか』平成27年6月26日(2015)・A5判68頁 発行浄土宗兵庫教区丹波組ダーナの会(66歳6ヶ月)
丹波組ダーナの会が連続開催している「青壮年仏教講座」で一時間半ばかり話したものが、親縁寺さんの提唱によって小冊子となった。
結婚前によくお念仏会に同行していた陽子ちゃん(別府陽子 寺庭夫人)が趣味で書き続けている可愛いお地蔵さんの絵が挿絵として使われた)。

●『拳堂という生き方』平成28年7月2日(2016)・四六判200頁 発行西楽寺(67歳7ヶ月)
随分以前に丹波新聞に連載した『奇行聖人 松井拳堂逸話評伝』をベースに書き下ろした。
取材に際して貴重な発見もあり、一部を徳富蘇峰記念館や海上自衛隊鹿屋航空基地史料館に寄贈した。
又数点の達磨図(拳堂筆)を、出版に協力して下さった面々に差し上げた。

●『丹波布復興の父 金子貫道』平成29年7月18日(2017)・A5判166頁 発行神戸新聞総合出版センター(68歳7ヶ月)
兵庫民芸協会会長笹倉徹氏との縁で、断片的に知り得た情報を吟味しつつ、次第に中途でやめることが出来なくなり、東京や高知まで取材に出かけて纏めたもの。
これまで大手を振って丹波布を呼称していた物に対する疑問が氷解した。
ただ、その大手を振っていた丹波布に近い面々には随分と不快な著作のようだが、それも折込み済み。
異論があるならいつでも受けると公言しているが、誰も直接異論をぶつけてくる者は無い。
高校時代の友人が図書館で見かけたという連絡が三件もあった。
ローカル話題ではあるが、歴史の真実が見えたと、喜びの声を伝えてくれる人も少なくない。

●『我が友八木博』平成29年10月(2017)・A5判27頁 私家本(68歳10ヶ月)
癌で急逝した旧友八木博氏が主宰していたCG教室の面々が、同氏存命中に急遽作品展を開催した。
その際八木本人がその展示会に寄せて何かを書いてくれと依頼してきて書いたものに加筆して、彼の満中陰にお供えとして発行。

●『丹波布復興 それまでとその後60年の歩み』平成29年11月(2017)・A5判12頁 発行丹波布復興60周年記念事業実行委員会(68歳11ヶ月)。
この実行委員会の参与とし、或る種の役割を担っていたのだが、後に続く者が丹波布の方向性を誤らないためにと云うことを意識して監修した冊子の年表。
当然その役割を満たすために、ただの資料集ではなく『読む年表』というコンセプトで発行した。
専門分野に携わる人たちから高い評価を受けた半面、これも又、低レベルでの丹波布に安住していたい面々には面白くない冊子となったようである。
しかしその面々の愚痴だの悪口雑言より、冊子の体裁を採っておけば長く生き続けることは間違いない。
丹波市内の公的機関には贈呈してある。

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by tennkozann | 2018-09-20 18:52 | Comments(0)