贅言とは 言うまでもなく 言う必要のない事・・である


by tennkozann

想い出荷物

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Facebook上の軽いやりとりで、某人の問いかけに「捨てきれない 想い出荷物 前後ろ」と返した。
種田山頭火の「捨てきれない 荷物の重さ 前後ろ」を単純にもじっただけのものである。

にもかかわらず、某人とのテンポ良いやりとりの中で「想い出荷物」と語呂を合わせたこのフレーズが気に入っている。
歌謡曲か短編小説の題名にでもなりそうである(^^ゞ

因みに、行乞の旅を続けた山頭火は、肩に食い込む振り分けの荷物に託して、その時の心境を詠んだのであろうが、より普遍的な問題として、人は捨てきれない「想い出荷物」を前に後ろに抱えているのかも知れないなどと云うことを考える。

年老いて昔話を繰り返すなどと云うのも、捨てきれずに持ち続けている想い出荷物を紐解いていると言えはしないであろうか。

そして其れを、後ろの想い出荷物だとするなら、今日一日生きる事は、前に想い出荷物をまた一個抱えるとでも云う事になりはしないか。

その新たに抱えた想い出荷物のウチの幾つかは、間もなく忘却の網にかかって忘れ去られるに違いない。
しかし中にはその忘却の網にかからない物もあるであろう。

其れは5年後10年後、捨てきれずにあった想い出荷物として、時に紐解いてみたりすることがあるのであろうか。

・・・と何やら詩人にでも成った気分である(^^ゞ

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by tennkozann | 2018-10-16 06:53 | Comments(0)