贅言とは 言うまでもなく 言う必要のない事・・である


by tennkozann

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帰納的結論

f0211225_21384579.jpg僅かに非日常的な出来事に遭遇する。
その出来事を真正面から見すえて、続いて私は自分の周囲を見渡す。

例えば親子間でどうしようも無いトラブルを起こしている家族を見た際、さて私の家族はどうであるか?某友人の家族はどうであるか?と云う風にである。
そしてそこから帰納的に一つの結論を導く。

しかし問題は人間・人生・生き方を対象としているのであるから、帰納したものが100%正しいと云うことには成らない。
せいぜい60%~70%は当たっていると言えるだろうね・・・と云う程度の結論である。

それでも、この思索は大切なことであろうと私は考えている。
俗に「人の振り見て我が振り直せ」という人生の知恵を身につけるという意味に於いてである。
明確に思い起こせる『結論』が幾つかある。

その①或る知人(故人)がとても珍しい病気で不幸な晩年と成ってしまった。
その人は、何はともあれ出世街道を駆け上がるのに相当な無理をした人。
私は自分の周辺で、生きている間にキャパいっぱいと思われる無理をした面々を思い起こしてみた。
ほぼ全員、晩年はその『ひずみ』を生きていると結論出来る。

その②或る知人が、少なくとも私が評価するほどにはその人自身の実力を評価されていない。
その人の目立つ欠点を一つあげるとするなら、なんとも愛嬌の無い人である。
又々私は自分の周辺で思い起こせる何人かのことを考えてみた。
成る程!と私は結論する。
多少いい加減でも、多少他に欠点を持っていようとも、その人に愛嬌があるなら、世間はその人のいい加減さや他の欠点を大目に見るという傾向があるようである。
そしてその反対に、愛嬌の無い人は、実力が過小評価される場合があるようである。
愛嬌と言えば随分軽いモノのように思われるかも知れないが、世間に受け入れられる際の必要条件に「愛嬌」というモノがあるのだと、私の帰納的結論である。

その③子供に対する親の責任と云うことについて考えてみた。
私の結論は、其れは年齢なんかで一律決めることは出来ないと云うことである。
子供に対する親の責任は、進学・就職・結婚・・・と云う『人生に於ける大きな選択』まででは無かろうか?
少なくともその大きな三つの選択には、親の価値観が色濃く反映している。
其れがまたまた私の帰納的結論である。

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by tennkozann | 2018-10-31 21:40 | Comments(0)

彼女居るねん\(^o^)/

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「爺ィ 俺この間から彼女居るねん」

「ほぉ 彼女と普通の女友達とどう違うん?」

「相手が付き合ってくれと言ってきたからOKしたんや」

「ああ・・・付き合ってくれとどっちかが申し込んだら彼女とか彼氏になるんや」

「うん」

「友達にからかわれないか?」

「俺な、彼女とか作らへんかってん、それがな、付き合いだしたから冷やかす奴おるわ」

「そんな皆な、彼女や彼氏がいるのか?」

「うん」

「男の方からか女の方からかどっちから申し込むことが多いん?」

「そりゃ男からや」

「ふぅ~ん」

「彼女居ったら学校行くの楽しいなる。俺の幼なじみも彼女がおって、その彼女が俺の彼女とも仲が良いねん」

「あぁそりゃ良いな」

「うん」

「暁央の彼女 可愛いか?」
 
「うん まぁ可愛い」

考えてみたら私も中学時代、意識する女性はあった。
友達の間でも知られていた。
しかし、こんなにオープンであっけらかんとしたものでは無かった。
時代の変化か個性の違いか?家庭環境の違いと云う事もあるかも知れない。

何はともあれ、私は孫(中1)とこんな会話の出来ている現実が、実に有り難いばかりである。

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by tennkozann | 2018-10-27 07:02 | Comments(0)

雲海

f0211225_13462260.jpg間違いなく雲海の出ていることが予想できた今朝。
朝のお勤めが終わって車を走らせる。
ん?
今朝は霧が深すぎるだろうか?と思う。

駐車場に着いたら、思った通り止まっている車が多い。
雲海間違いなし!と、朝早くに登った人が多かったのだろう。

駐車場で宿直明けのOさんと出会う。
一足先に登り始めたが、後から追われている気分で幾分早足に(^^ゞ

途中下りて来た女性は、名前を知らないものの話をしたことはある。
『凄い雲海ですよ』と言う。

更に少し登ってすれ違った男性は多分初めて出会う人。
真ん中を過ぎた辺りで常連のTさん。
「滅多に見られない雲海ですよ」と。

赤門で作務衣の上を脱ぐ。
其処に下りてきたのは青垣在住?のTさん。
「お久しぶり」と。

そのTさんは、私の後を着いてきていたOさんとひとしきり話をしている。
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頂上には、神戸から単車を飛ばしてきたという若者と、常連のUさん。
確かに素晴らしい雲海が待っていた。
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一時間ばかり頂上にいただろうか。
Facebookとインスタにそれぞれ異なる写真をアップして下りることとする。
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普段通りの城山登りなら途中色々と考えることも有るが、今朝のような場合は確かに何も考えてはいない。
雲海を眺めて雲海に感動して、その感動をどのように写真に収めるかを工夫して、そして時間が過ぎていく。
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帰宅してお風呂に入る・・・至福の朝を過ごした。


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by tennkozann | 2018-10-18 13:51 | Comments(0)

拝読(笑)

f0211225_07311110.jpg既に20年近くも前になるだろうか、スカパでブラジリアン柔術の世界選手権だったかを見ていた際、当時ブラジルに在住していた息子が画面に映った途端、解説者が「彼は滝川直央と云ってブラジルに永住を決めている選手です」とかなんとか・・・。

「格闘技の解説者如きが人の息子を呼び捨てにするな!」と云うフレーズが脳裏に浮かび(笑)、次いで「ブラジルに永住なんて聞いてないぞ」と思った。

実際はグレイシーバッハ(ブラジリアン柔術世界一の組織)の総帥・カーロスグレイシーJrが、国内に新しい道場を作って、息子を其処の責任者にしようという動きがあったのだそうであるが、その段階では聞いてはいなかった。

ただ、多分息子は、最終的には其れも両親は認めるだろうと考えていたのかも知れない。

私はいつの頃からか、親が子供に有無を言わせず親の権威で叱るのは、子供が小学校を卒業するまで!と考えていた。
それ以降は、基本的に子供が何をしようとも叱っては成らないのだと。

詰まり、小学校卒業までに、何をどのように選択するかの基本的価値基準を、しかるべく与えておくのが親の責任だという考え方である。

或る時息子に「最後にお前を叱ったのはいつだった?」と確認したことがある。
息子の答は、確か『中学二年だったかなぁ?』と云うことであった。
私はほぼ自分の方針を守ったと言えそうだ。

娘に対しても、多分親の権威を振りかざして叱ったというのは小学校卒業くらいで終わっているはずである。
それ以降は、基本的に娘の選択を全て尊重してきた、と思う。

因みに人生は『選択』の連続である。
その『選択』には、親の教育が大きな影響を与えているはずである。
ただ「親の教育」と云っても、其れは正面切っての教育では無く、両親の生活態度であるとか普段の会話であるとか、である。

其処には親の価値観が色濃く反映されている。
子供は常にそれを見て育ち、そして小学校を卒業した頃から徐々に『主体的選択』をするようになる、と其れが詰まり私の考え方であり、亡妻も其れを共有してくれていた。

息子が主宰するグレイシーバッハJapanの、各支部の責任者達が、MMAPLANETと云う情報サイトのリンク→http://mmaplanet.jp/84736をFacebookでシェアしている。
息子のインタビュー記事だ。

多くは私の知っている事実であるが、あぁ確かにそうだったと、妙に懐かしく思い出しながら拝読(笑)である(^^ゞ


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by tennkozann | 2018-10-17 07:38 | Comments(0)

想い出荷物

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Facebook上の軽いやりとりで、某人の問いかけに「捨てきれない 想い出荷物 前後ろ」と返した。
種田山頭火の「捨てきれない 荷物の重さ 前後ろ」を単純にもじっただけのものである。

にもかかわらず、某人とのテンポ良いやりとりの中で「想い出荷物」と語呂を合わせたこのフレーズが気に入っている。
歌謡曲か短編小説の題名にでもなりそうである(^^ゞ

因みに、行乞の旅を続けた山頭火は、肩に食い込む振り分けの荷物に託して、その時の心境を詠んだのであろうが、より普遍的な問題として、人は捨てきれない「想い出荷物」を前に後ろに抱えているのかも知れないなどと云うことを考える。

年老いて昔話を繰り返すなどと云うのも、捨てきれずに持ち続けている想い出荷物を紐解いていると言えはしないであろうか。

そして其れを、後ろの想い出荷物だとするなら、今日一日生きる事は、前に想い出荷物をまた一個抱えるとでも云う事になりはしないか。

その新たに抱えた想い出荷物のウチの幾つかは、間もなく忘却の網にかかって忘れ去られるに違いない。
しかし中にはその忘却の網にかからない物もあるであろう。

其れは5年後10年後、捨てきれずにあった想い出荷物として、時に紐解いてみたりすることがあるのであろうか。

・・・と何やら詩人にでも成った気分である(^^ゞ

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by tennkozann | 2018-10-16 06:53 | Comments(0)

偶感

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某人が某会議で声を荒げた。
何のことは無い本人の勘違い・浅慮の故である。
後で何を勘違いしていたのかは理解したのだそうだが、声を荒げた相手に詫びたという事実は無いらしい。
愚かなことだ。

某人が某ミーティングでやけっぱちな発言をした。
「それを貴方が言っては成らない」とたしなめられ、冷静さを取り戻した某人は『最近色々頭がいっぱいいっぱいで、チョットおかしくなっている』と反省の弁。
自分で自分をコントロールできないと云うことは、一人前の大人にあってはならない。
残念な話だ。

某人が某会議で厳しいことを語った。
内容に誤りがあるわけでは無い。
しかしその場の空気を悪化させるようなことは滅多に言うべきでは無い。
某人は、自身納得しているのでもあろうが、或る種の孤立を余儀なくされている。
もう少し違った展開があるのに!とため息が出る。

何度も頭をよぎる良寛さんの歌。
世の中に まじらぬとには あらねども ひとり遊びぞ 我はまされる
だ。

さ・・・午前中にすべきことは全て終わった。
今日ものんびり保月城へ!だ。

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by tennkozann | 2018-10-15 10:26 | Comments(0)

今朝の結論

f0211225_07352604.jpg朝のお念仏をしながらふと母の亡くなった年齢のことを思った。
母の亡くなった年齢は64歳。
そうするとその時、父は70歳であった。
詰まり私の今とほぼ同じ時期に配偶者(詰まり私の母)を喪っている。

私は妻を喪って今年で14年・・・・と云うことは、寡夫(カフ)として私は父の14年先輩?ベテラン?などと、全く意味の無い比較をしてみる(^^ゞ

当時31歳であった私は、母亡き後、少なくとも外見上は実に淡々と日暮らししている父を『大したモノだ』と眺めていた。
そしてその感慨が、野間宏解説の『歎異抄』を読むことになったように記憶している。
陽明学に興味を持ったのもその頃であった。

父は母亡き後、約26年生きた。
最後の数年は、とても生きていたなどと言える状態でも無かったが、それはそれとして、私も同様に寡夫状態を26年生きるとすれば、余すところ12年。
詰まり81~82歳?

私は母亡き後の、父の26年をだいたい知っている。
其れを敢えて論評しようなどとは思わないが、ぼんやりと『もぉ少しましな26年にしようと」とは・・・正直な思い。

当時父には三人の孫(私に二人・姉に一人)が居た。
今の私と同じだ。
父と三人の孫の距離感はどうであったか?等云うことも脳裏をかすめる。
其れと比べて私の其れは?等と云う事もちらりと思い浮かぶ。

そして思う。
思えば思う程意味の無い比較だ!と(^^ゞ
しかし、知らず識らず息子というものは父を如何に超えるか?と云うことを常に考えているのかも知れない。

因みに息子は既に軽く私を超えている。
多分、息子が私と同じ年齢にさしかかった時、彼は私を比較の対象とするような愚かなことはしないであろうと、其れを期待するのが今朝の結論だ(^^ゞ

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by tennkozann | 2018-10-13 07:37 | Comments(0)
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昨晩は早く寝たせいか、3時頃ぼんやりと目が覚めた。
時間を確認すべくスマホを見たら直央からのメッセージ。
内容は体格が近づいてきた暁央(中1)とのスパーリング動画。
・・・これから何年で真剣なスパーリングが出来るようになるか・・・と書いてある。

内容は直央が暁央を軽くいなしながら、細部の指導をしている。
私が羨ましがるのも変な話だが、通常大抵の男親なら羨ましくなるのでは無かろうか?と思う。

いつもは布団の中でもう少し寝ていようと思う所、一気に目が覚めた(^^ゞ

然し考えてみたら、世の中には子供に恵まれない人が有る。
子供があっても、その子が結婚をしようとしないことを悩む親も昨今は少なくない。
また、不幸にして子や孫が障害を持って生まれてくる場合もあれば、断絶している親・子・孫という関係も無くは無い。

娘が、漸く1歳になった我が子が、二本足で立ってチョット得意げな孫の動画を送ってくる。
息子が我が子とのスパーリング動画を送ってくる。
結構な事だ!
文字通り、実に有り難い事実だ。

最近ぼんやりと・・・したい事をして、大抵の望みを叶えて、チョット生きているのが面倒になってきて、死ねば亡妻に再会できるのでは無いか?等と考えていたが、矢っ張りもうチョット生きている事にした(^^ゞ

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by tennkozann | 2018-10-12 04:44 | Comments(0)

心地よい出来事

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私の坊さん人生で一番お世話になった人は故別府信空上人。
その御上人が折角書き下ろされたにも拘わらず、出版できないままになっている原稿があるのだと仄聞した。
10年ばかり前のことだ。

原稿を拝見して、某機関がなぜこの原稿の出版を躊躇したのかはほぼ想像が出来た。
しかし、左様な事は全く意に介する必要も無いと思われたので、私が西楽寺を出版元として「念仏者のよろこび」を刊行。
新書版74頁の、小冊子と呼ぶ程度のものであるが内容は濃い。
編集することで随分と勉強になったことも少なくない。

又私の判断で、御上人の発言として書き足した部分もあったが、了解して下さった等と云う事もあった。
更には、出版を躊躇した某機関の責任者が、自らの力の無さを弁解しつつ、私が刊行したことに謝意を述べ、100冊も注文してきたなどと云うこともあった。

過日山口県在住の見知らぬ人から電話があった。
聞けばクリスチャンなのだと云うが、某オークションでこの本を入手して随分と感銘を受けたのだと。
そして是非読ませたい人が有るのだが、一冊は手元から離したくないので、お分け頂く物は残っていないのだろうか?と云う問い合わせであった。

10冊ばかり手元にあったので送ることとした。
相手の人は、料金について問われたが、そういう経緯でお読み頂ける方があるなら、御上人に対する供養の一貫・恩返しともなりますので云々・・・と、しおらしく答えておいた(^^ゞ

私はこの事がとても嬉しい。
お亡くなりになって10年近く経ち、縁もゆかりも無い某クリスチャンが御上人の話に触れて感銘を受けている。
その一翼を担えているというのは、私にとって心地よい出来事である。

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by tennkozann | 2018-10-11 05:28 | Comments(0)